愛着障害―子ども時代を引きずる人々―

「愛着障害~子ども時代を引きずる人々」という本を読んだ。

子ども時代、特に生後6カ月~1歳半頃までに、母親との愛着が上手く形成されるかどうかで、子どものその後の人生が大きく変わってくるという内容だった。

平たく言うと、母親が、子どもが必要とした時に、いつでも抱っこをしてあげられて、子どもが必要なだけの愛情を返してあげられていると、その子は、大きくなっても、自分は愛されている、必要な人間だという認識を持って社会に出ていくことができるが、母親から十分な愛着を得られないまま大人になると、どこか自信がなく、人に気を遣いすぎたり、親しい関係が苦手だったり、もしくはすぐに異性に依存してしまうような人間になってしまうとのこと。

確かに、いくら栄養を与えても、親の愛情がなくては、子どもは十分に育たないということは、いままでに何度も聞いたことがある。

著者はさらに、最近良く耳にする「発達障害」ということの裏にも、この「愛着障害」が隠れているケースが多々あるという。

言いかえれば、発達が、愛着障害のために阻害されていても、発達障害という誤った診断をされていることもある、とのこと。

もしかしたら発達障害は、愛着形成によって、ある程度大きくなってからでもその状態が変わってくるのかもしれない。

そういうわたしも、読み進めるうちに、おそらく愛着障害を抱えているのだろうなと感じる部分があった。

愛着障害にはいろいろな型があるけれども、わたしはすぐに誰とでも打ち明ける方ではまったくなく、むしろ、初めての人や慣れていない人とは仲良くなるのを避けてしまう傾向があるため、きっと4種類あるうちの「回避型」なのだろうと思う。

20代の頃はもっと顕著に、摂食障害や鬱っぽい症状も出ていたことがある。

これらすべて、振り返ると愛着問題に起因しているのかもしれない。

わたしの母親は愛情に満ちた人ではあったのだけど、忙しすぎることや、母親自身が抱えていたストレスのために、きっとわたしがその当時求めていただけの愛情を返すような時間や気持ちの余裕がなかったのだろうなぁ、と今では思う。

なのでもちろん、これっぽっちも責めるような気持ちはないのだけれど、振り返れば、我が子にも、息子が求めるだけの愛情を注げていたかと言われれば、これもまた自信がない。

実を言うと、息子が一日中泣き過ぎるので、形だけの抱っこで、息子を可愛いと思えなかった時もたくさんある。

だから息子は余計に手がかかるようになってしまったのかもしれない。

けれど、長い目で見ると息子はとても可愛く、良い子になった。

子育ては長期戦だ。

なので、今、発達障害と言われているお子さんを持つ人も、愛着の面を強化していけば、もしかしたら何か変化があるかもしれないと思えた。

また、自身が愛着障害を抱えている人も、親との関係が再構築できたら、自分の人生が劇的に変化することも有り得ると思う。

でも、親との関係性が、自分の自己肯定感を回復する唯一の手段ではなく、それ以外の有効な方法も載っているので、それについてもとても参考になった。




p135より、
「子どもは愛着という安全基地があることで、安心して探索活動を行い社会的発達を遂げていく。つまり、愛着は、あらゆる発達の土台であるのだ。」


愛着がすべての始まりと考えると、抱っこして可愛がることが、人間もしくはあらゆる生き物の基本なのだろうなぁと思う。


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