見守るだけで、子どもは育つ

「引き寄せの法則」で有名な、奥平亜美衣さんの著書。





子育てでもやはり、「自分の気分が楽になる方に考える」、「普段から気分を良くしておく」のような彼女の基本的な引き寄せの考え方は変わりませんが、これを育児にも応用して、とても分かりやすく書かれてあるのがこの本の魅力だと思います。

そして、いわゆる巷の育児書と異なっているのは、ゲームやテレビも、宿題をしないことも、学校や幼稚園に行かないことも、その子がその時、本当に望むことであればOK、もしも自分の心が満たされれば、子どもは自分で自分の人生を喜びのあるものに切り開いていく、という考え方を示されていて、それはなんだか目から鱗でした。

奥平さんは、親の最大の仕事は、子どもに「人生はすばらしいものだ」ということを教えることだとおっしゃっています。

そのために親ができることは、子どもの良いところを見つけ、才能や能力を伸ばしてあげることだと。

また、子どものやりたいことを抑えつけないことが大切だともおっしゃっています。

そうすれば、子どもは自分自身のことも好きになり、自己肯定感も高まって、自分で道を切り拓いてゆき、あらゆることが上手くいくようになると。

つまりは、この本のタイトルどおり、子どもを信頼して見守る、ということがすべてなのかな、という気がしました。

親、特に母親は、子どもが立派に育ってもらいたいと思うだけに、いろいろと本当に口うるさくなりがちです…。

でも、そこに子どもの意思はありません。

たまには自分を振り返って、こちらが子どもを引っ張っていくのではなく、子どもの後ろから見守っていく応援団のような存在になるべきなんだな、と思い返しました。


また、この本には、いわゆる机上の勉強中心の学校とはかけ離れた、個性を伸ばすことを方針とした新しいタイプの学校もいくつか紹介されています。

決まったカリキュラムはなく、自由に考えて行動するサドベリースクールや、教育そのものを芸術行為と考えるシュタイナー学校など。

これらを読みながら、子どもには色々な選択肢があるんだな、と改めて考えさせられました。

どうしても画一的になってしまう日本の社会ですが、本来、人間はどうやって生きても自由なはずです。

学校に行って、就職するという選択肢を選ばなくとも、立派に名を馳せている方もたくさんいるし、学校や園に行ったとしても、色々なことがあるのが当たり前で、その時々に悩むことも、きっと、長い将来を見れば、ただの一過点にしかすぎません。


きっとこれからの子どもたちに求められるのは、柔軟な考え方や、多様性を受け入れる力、個性を発揮して世の中を牽引していく力などではないかと思います。

そういった時に、従来の学習ももちろん大切ですが、それよりももっと、個性を重んじていく方が大切なのではないかな、という気がしています。

将来を見据えた時に、広い心で構えられるよう、著者に背中を押されたような、そんな読後感でした。


ガキのためいき

沖田×華さんの、「ガキのためいき」を読んだ。

発達障害の特性のひとつであるASD(アスペルガー症候群)と、ADHD(注意欠陥・多動性障害)を併せ持つ著者の、幼少の頃のお話。

まず驚いたのは、×華ちゃんの記憶力。

これがとんでもなく優れていて、小さいことまで明瞭に覚えているので、発達障害の子の脳の思考回路が、そうでない人たちにもとても分かりやすく描かれていると思った。

これを読むと、見た目には分かりづらいあらゆる行動も、やっぱり当人の理由があってのことなんだな~、と納得できる。

緘黙症(かんもくしょう)=話したいのに話せなくなる症状についても、下手な医学書を読むよりも、当事者の気持ちが良く理解できるなと思った。

そういった意味で、このコミックはとても貴重な気がする。

そんな×華ちゃん、聴覚過敏、偏食、LD(学習障害)などの特性ゆえに色々な難題や苦境に立たされるが、いつも一晩寝たら忘れて、明るく正直に頑張っている姿が、とても健気。

だけど根底には、やっぱり、淋しい、構われたい、愛されたい、怒られたくない、嫌われたくない、などの人間らしい感情もちゃんと見え隠れしていて、そんな明るい逞しさが、彼女を魅力的に思わせてしまう、そんな作品だった。


それにしても、よくもこれまで鬱や精神病などの二次障害にならなかったなぁ~、と思う。

今でこそ障害の知識がようやく広まってきたように思うが、20年くらい前では、ほとんど理解されなかっただろう。

彼女は全く頭が悪いわけではなく、ただ、脳の思考回路が違うだけで、それはみんなと同様にできるように強制されたり、牽制されるものではない。


ちなみに沖田×華さんはこれ以来めちゃくちゃファンになってしまい、「蜃気楼家族」も一気読みしたが、これもまた独特で壮絶な世界で、目の前にはひたすら絶望しかないようななか、一筋の温かみもあるような、不思議な読後感だった。







こんとあき

息子が最近お気に入りの絵本、「こんとあき」

題のとおり、きつねのこんと人間のあきが、電車に乗って、遠く離れたおばあちゃんの家まで一緒に行くという、ただそれだけのストーリー。

だけど、途中でハラハラドキドキ、色んな事件が起こる。

こんのしっぽが挟まったり、通りすがりの犬にさらわれたり・・・

でも、砂丘を見たり、電車でお弁当を食べたり、そんな場面も、とても懐かしく美しくて、なんだか不思議な気持ちになる。

最初読んだ時は、こんがあまりにもぽっちゃりなので、犬かと思っていたけど、やっぱり「こん」という名前のとおり、きつねだったのは驚いた。笑

でも、きつねと人間という、一見交流のなさそうなものが一緒に大きくなって、旅に出るというこの奇想天外なお話。

普通に考えると、親は? 学校は??

などと考えてしまうが、このお話ではそんなことは禁句であり、ここには常識というものが何もないんだなぁ・・・、と思う。

絵本というものの持つ力だ。

最後に出てくるおばあちゃんもまた、優しくて可愛くてまたいい。

帰路はどうなったのか、もっともっと続きを読みたくなるような、そんな絵本だった。






育てにくい子にはわけがある

保育セミナーに足を運んだ際にふと目に留まって、この本を手に取りました。

『育てにくい子にはわけがある』

読んで本当に目から鱗でした。

そして、感覚過敏が判明した息子に関する新たな扉が開いたような気持ちになりました。

息子はこの本の事例でいうところの、
(7)「ことば」の問題や、ある種の「理解力や社会性」の崩れ
という項目がぴったりと当てはまっていました。

この本は、木村順さんという、作業療法士(OT)の方が書いたもので、保育士や医師ではないけれども、実際にいろんな場面でのつまづきがある子どものことを、非常に良く理解されているように思えます。

息子も、感覚過敏や周囲とのトラブルが多くあるといえ、具体的にどのようにすれば軽減されていくのか、いまいちはっきりと分かっていなかったのですが、本書を読んで、毎日取り組んだほうが良いワークや運動遊びをたくさん教えていただき、今はとても安心しています。

要は、感覚を統合させるために、その子の脳の状態に見合ったさまざまな刺激や感覚を取り入れてあげれば良いのです。

その子が「楽しんで」いるならば、それはOKで、息子の場合は、平衡感覚や識別系をつけていくために、ブランコ、トランポリン、キャッチボールや手探り遊び、ゆっくりとした体のマッサージなど、できそうなことはたくさんありました。

特に驚いたのは、息子が何度言っても右と左が判らなかったので、わたしは何度も頭を悩ませていたのですが、これは無理矢理教えても本当に意味がなかったということ。

脳の正中線がまだしっかりとしていなかったために、どれだけ教えても理解できなかったことでした。

何度も感情的に怒ってしまったことを、今ではとても反省しています。

なんでも、怒って教えるものではないですね。 それは単に親の身勝手さや未熟さというだけに過ぎません。

しかし、息子が遅ればせながら最近は右左が判るようになってきて、これを自然に覚えていったのは、もしかしたら空手を習い始めたおかげかな~、という気がしています。

空手は、この運動遊びのような、左右の脳を交互に使うような動きを基本稽古としてやっているからです。

そして、息子はこれをとても喜んでやっています。

きっと、今の息子にちょうど合った動きだったのでしょう。

息子は最近とても落ち着いていて、内面的にぐんと成長しました。

きっと生活の中で、いろいろと脳も発達を遂げているのだろうと思います。


この本に出会って、家庭でも、仕事の面でも、本当に救われたような気持ちです。

まだまだ、わたしの知らないことが保育の面でもいっぱいあるなぁ、と、日々勉強の大切さを感じています。







あなたが自分らしく生きれば、子どもは幸せに育ちます

知る人ぞ知る、横浜の保育施設「りんごの木」の創設者である柴田愛子さんが執筆した著書、
「あなたが自分らしく生きれば、子どもは幸せに育ちます」
を読んだ。

正直、今まで読んだどの育児書よりも身近に感じられ、柴田さんの温かいエールが耳元まで届きそうな内容の本だった。

柴田愛子さんは、小さい頃、自分が皆と同じように動くことが苦手で、できないことや忘れ物も多く、自己評価の低い子どもだったと言う。

わたしも今でもみんなと同じことをするのは苦痛でしかないし、なるべく集団を避けるように生活してきたから、その気持ちがすごく良く分かる。

そんな柴田さんだが、今では子どもたちのために色んな活動をなさっているのだから、わたしにもすごく希望が持てた。

柴田さんの保育理念は、まさに、「子どもの心に寄り添う」ということ。

文中には、そんなエピソードがたくさん散りばめられていて、それだけでなく、親の気持ちにも寄り添ってくれるような語り口で進んでいくので、一つ一つのお話が心にすっと入っていくようだった。


この本を読む前と後では、決定的に違うことがある。

それは、子どもの気持ちを一番に尊重しなくてはならない、とどこかで縛っていたような気持ちが、ふっと融けたように感じたこと。

親だって人間なのだから、時には自分の気持ちを表現し、主張する権利がある、と思えたのだ。

今までは、とにかく子どもの言うことを汲んであげて、代弁してあげることが重要なんだと思い込んでいた。

そしてそれができない自分を、心のどこかで責め続けていた。

だけど、考えてみれば当たり前なんだけど、親にだって感情があり、喜怒哀楽がある。

それを知るのは、子どもにも絶対必要なことなんじゃないだろうか。

そこから、自分以外の人間も、自分と同じように生きているということを感じ取る。

そして、優しさや思いやり、どういう風にしていったら、周囲とうまく折り合いをつけられるかということなどを、頭と体で習得していく。

親はそのための一番身近なモデルだ。


日々、息子のことを聞いてあげることに対して、どこまで譲っていいのか、その線引きを少し迷っていた頃でもあったし、息子も、色んな感情が分かるほどにもう成長しているから、ちょうど今、この本を読んで良かった。

子どもが自分を主張するように、こちらも親なりの考えを主張して、今度からは息子に、自分の本当の気持ちを伝えていこうと思う。


柴田さんが言うように、子どもはみーんな当たりくじだ。

自分だけの、当たりくじ。

大当たりにするかどうかは、親にかかっている。

そう考えれば、子育てほど長く楽しくやりがいのあることは、他にはそうそう無いだろう。


さ、明日も頑張ろうかな。